今年も麗らかな春が訪れました。寒い冬が過ぎて暖かな春の風に触れると、心温まる季節は遅かれ早かれ必ずやってくると自然が教えてくれているように感じます。「三井物産クラシック・コンサート2021」では、そうした巡る四季からインスピレーションを受けて作曲された作品を含む、クラシックの名曲が演奏されます。コロナ禍でコンサートは次々とキャンセルされていますが、人の心に希望の光を灯す音楽の力を信じるこのコンサートに賛同した日本を代表するソリスト5名が、大手町三井ホールに集まりました。国内外で活躍する超一流のソリストと、この日のために結成された若手精鋭たちによるOtemachi One Special Ensembleが奏でる美しいハーモニーをお楽しみください。
プログラムの最初は、バロックの大家であるJ.S. バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685 -1750)による『ブランデンブルク協奏曲 第5番』です。この曲は、宗教曲から世俗曲までさまざまなジャンルの音楽を手掛けたバッハが、当時の為政者のために書いたものです。そのためでしょうか、人を癒す清涼剤のような清々しさがあります。独奏に登場するのは、3人の名手。加藤知子のヴァイオリンは華やかさと気品を、工藤重典のフルートは、吹き抜ける風のような爽やかさを曲にもたらしています。チェンバロの中野振一郎は、バロック音楽に精通しているだけあり、第一楽章の長いチェンバロ独奏という革新的な部分では、共演している演奏家をも魅了しました。しっとりとした大人の魅力が際立つ3人の独奏者だけによる第二楽章、合奏による軽やかな舞曲風の第三楽章と合わせて、お楽しみください。
次に演奏されるのは、今年3月にちょうど生誕100周年を迎えたアルゼンチンの作曲家にして20世紀の巨匠、ピアソラ(Astor Piazzolla, 1921 – 1992)の『ブエノスアイレスの四季』より「冬」と「春」です。CMなどでも人気の曲ですので、耳にされるとすぐにお分かりになるかもしれません。今回、“鬼才”と呼ばれるギタリスト鈴木大介が新たにギターとフルートのために編曲しました。この演奏が編曲版の世界初演となります。バッハで上品な響きを聞かせたフルートの工藤は、ここでは超絶技巧を駆使した情熱的な魅力を披露しています。繊細な感性をもつギターの大萩康司は、ゾクゾクさせるほどの熱演で聴く人を釘付けにします。原曲の魅力も演奏家の魅力も引き出した編曲の妙と、息のピッタリあったデュオにご注目ください。
コンサートを締め括るのは、イタリアの作曲家、アントニオ・ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi, 1678 – 1741)による『四季』です。ヴァイオリン独奏は、日本が世界に誇る神尾真由子です。豊麗で生命力あふれるヴァイオリン・ソロとそれに呼応するアンサンブルとの即興的な音楽に耳を傾けるうちに、いつしか自然豊かな春夏秋冬のさまざまな風景が目の前に──そんな錯覚を覚えるほど集中力ある演奏が繰り広げられました。
音楽が与えてくれる感動は私たちの心に静かに浸透する、いわば心のビタミンのようなものです。世界的に活躍する演奏家が一堂に会するこの特別なひとときが、皆様にとって明日へとつながる素敵な時間となりますように。
小野光子(音楽学)